ヴェニスの商人〜ガラスで味わう物語〜

2018.6.15〜17
『ヴェニスの商人』

別名『人肉裁判』のお話としても有名なシェイクスピアの名作『ヴェニスの商人』

北参道のヴェネチアンガラスとコスチュームジュエリーのお店『chisa』さんにて開催しましたものがたり食堂の様子です。『ヴェニスの商人』読んだ事ない!!という方はこちら↓↓↓

 

【ユダヤ人との約束】

ヴェニスの商人アントーニオは友人バサーイオの為に、悪名高いユダヤ人高利貸しのシャイロックから金を借りる事にします。シャイロックはユダヤ人というだけで差別され侮辱的な扱いをキリスト教徒から受けてきましたが、キリスト教徒は利子を取らないという教えに習いアントーニオへ利子ではなくある条件付きで金を貸す事にしました。それは期限までに返金できない場合、1ポンドの肉をアントーニオの身体から切り取っても良いという条件でした。

クミンが効いたトマトソースに温泉卵の上にはレモン汁でシンプルに和えたパプリカのマリネ、スイスチャードとミントとヨーグルトのソースののサラダをご用意致しました。

航海時代最盛期だったヴェニスの豊さを混ぜた一品です。大航海時代だった15世紀〜17世紀、スパイスやパプリカ、トマト(まだ毒草だと勘違いされて食べられる事はありませんでした)特にスパイスのルートはヴェネチアが独占していた歴史があります。ヴェニスの商人アントーニオが全財産を乗せている商船が帰って来なければ・・・・・。そんなアントーニオとユダヤ人との約束を少しスパイシーに表現した前菜となりました。

 

【ヴェニスの商人】

さてみなさんは、このヴェニスの商人アントーニオとユダヤ人との約束ってどう思いましたか??船が帰ってくる。簡単にお金を返せると思っているアントーニオ。

ヴェネチアにはバッカラマンテカートという、郷土料理があります。バッカラは”干し鱈”マンテカートは”ホイップする、泡立てる、練る、こねる”という意味があるのですが。

バッカラは別の意味で”干からびた人、ドジな人”という意味もあるのです、そんなバッカラを使った郷土料理を作りました。

ヴェネチアではパンの上に乗せて食べたり、ポレンタというトウモロコシの粉を練って作った主食がありますがそちらに乗せて食べる事が多いです。

干し鱈を水で戻し柔らかくして、牛乳とオリーブオイルで練り上げる。シンプルで素朴だけど美味しい1品に仕上がりました。

 

【3つの箱】

アントーニオはなんの為に1ポンドの自分の肉を担保にお金を借りたかというと、親友のバサーニオの為でした。バサーニオは借りたお金で大富豪の娘、女相続人ポーシャと結婚する為に支度金が必要だったのです。しかし彼女と結婚するにはある試練を乗り越えなければなりませんでした。それはポーシャの父の遺言にある。3つの箱の中からポーシャの肖像画が入った箱を当てる事でした。

ビーツのマッシュポテト、しらすのラビオリ、ルッコラ、ビーツの葉のマリネ、バルサミコソース。
ファゴッティーニというラビオリを3つの箱み見立てて作ったお皿になりました。

 

【2つ祝い】

バサーニオとポーシャが結ばれ、お祝いムードになっているところに『バサーニオ様、バサーニオ様、私もご一緒にここで結婚させてください』とバサーニオの付き人で友人のグラシアーノがバサーニオに言いました。とってもびっくりな展開なのですが、グラシアーノとポーシャ(富豪の娘)の侍女が一瞬のうちに恋に落ちバサーニオとポーシャが結婚するなら、彼らもする!!というおめでたい出来事が起こります。

こちらもヴェネチアの郷土料理の一つポレンタに海老、トウモロコシ、アーティチョークなどのマリネにからすみとレモンの皮で香り付けして黄色で幸せいっぱい!をイメージした一皿をご用意しました。

 

【手紙】

そんな幸せいっぱいの彼らに一枚の手紙が届きます。

『バサーニオ、私の船は全て難破した。債権者たちは冷たくなりかなり厳しい状況だ。ユダヤ人への証文は期限切れとなり、その抵当を払うとなると私は生きてはいられないだろうから、君と私との間の貸借りは一切消える。ただ、死ぬ前に君に一目会いたいと思うのみだ。無理はしないでくれるな。友情ゆえに駆けつけてくれるならまだしも、この手紙で君を呼びつけたくはない』

そんな背筋も凍るような手紙が届き、バサーニオ一行はアントーニオを助ける為に借金の20倍もの大金を持ってヴェネチアを目指しました。

という事でつめたーい、お口直しのグラニテを。

とってもシンプルに、スイカ汁とライム汁のグラニテをご用意しました。

 

【人肉裁判】

バサーイオがヴェニスに向かってすぐの事、ポーシャも侍女のネリッサを連れてベルモントを離れました。ポーシャはかつて法律顧問をしていた親戚を持っていました。名前をベラーリオという紳士に事情を手紙で伝えどのように訴訟を進めるべきかのアドバイスを受け、そして法律顧問になる為に必要な物を手に入れ、ヴェニスに向かいました。

若い法学者に扮したポーシャとネリッサでしたが、バサーニオは全く気づかずにいました。
ポーシャはシャイロックに慈悲の心を見せるように促しました。しかしシャイロックは譲りません。
貸した金の何倍もの大金が手に入っても、その意志を曲げません。『仕方ない・・・』ポーシャは肉を切り取ってもいいという判決を下しました。

メインのお肉は人肉ではありませんが、ヴェネチアの郷土料理としてっも有名なカルパッチョに仕上げました。本来なら生肉を使うのですが、今回はローストビーフにしました。ソースはアイオリソース。パルミジャーノレッジャーノチーズをたっぷりかけてお出ししました。

 

【商人の血】

シャイロックがナイフを研ぎ、さぁ!!アントーニオの肉を切り取ってやろう!!そんな時です。

『肉を切り取ってもいいが、契約書にない血を1滴でも流せば契約違反として全財産を没収する!!!』とポーシャが言いました。それならば、金をいただきます。とシャイロックは言いましたが。一度拒否し、肉を切り取る事を選んだ為認められません!!

さらに、アントーニオの命を奪おうとした罪により全財産を没収だというのです。

アントーニオの血は一滴も流れる事はなかったのですが、そんな商人の血をイメージしたシンプルなデザート。
ヴェネチアのレストランだけではなく、イタリアのレストランでも人気のミックスベリーのソース。これだけで食べる事もありますが、ジェラートにかけたり、パンナコッタにかけたりと朝食でも大活躍なこのミックスベリーのソースをヨーグルトのパンナコッタの上にかけてお出ししました。

 

【指輪】

法学者に扮したポーシャのお陰でアントーニオの命は助かりました。

バサーニオは親友の命を救ってくれた御礼をしたい!!とシャイロックへ渡すはずだったお金をポーシャに受け取って欲しいと申し出ますが、ポーシャは説得を聞いてもそれを断ります。
それでも、バサーニオは御礼に何か受け取って欲しいというのでポーシャを言いました。

『私に手袋をください。それを記念として身につけましょう。』

それを聞いてバサーニオが手袋を取った時、ポーシャは自分があげた指輪を見つけて言いました。

『それから、ご厚意に甘えて、この指輪を頂きましょう』

バサーニオはとても悩みました。とても戸惑いながら『これは妻からの贈り物なのです。決して手放さないと誓ったのです。』

それでもポーシャは意地悪をして、不機嫌な振りをして指輪を手に入れます。

家に帰ったら夫をどうやっていじめようかを考え、また夫に向かって『指輪を女に贈ったのでしょう!!』というつもりでもいました。

琥珀等で作った指輪をおまけのお菓子としてお出ししました。ゲストのみなさんが素敵でゴージャスな指輪をお持ちなのに、お菓子の指輪をとっても喜んでくれたのが嬉しかったです。

ヴェニスの商人の内容をとっても短く説明しすぎて、お話が伝わっているのか心配な部分もありますが、本当に気になる方は読んでみてください!!面倒だ!!とういう方は映画もあります。

アル・パチーノがシャイロックを見事に演じた素晴らしい作品です。台詞のほとんどが原作のままですので、素晴らしい装飾や衣装を映像と共に楽しむ事ができると思います。

読んだ事のある方はこの作品どう思ったでしょうか?

お話の途中でシャイロックは言います。

『おれはユダヤ人だ。ユダヤ人には目がないかよ、ユダヤ人には手がないかよ、五臓六腑、四肢五体がないかよ、感覚、感情、情熱、それもないかよ。キリスト教徒とおなじものを食ってるんだよ、おなじ武器で負傷もすれば、おなじ病気にもかかってる。おなじ治療を受けて、治しているじゃないか、おなじ冬の寒さや、夏の暑さを感じないとでもいうのかい? ユダヤ人は針で刺されても血が出ないとでも? くすぐられても笑わないとでも? 毒を飲まされても死なないとでも? で、あんたらにひどい目に遭わされても、復讐しちゃいけないとでもいうのかい?』

最後の裁判も、人種差別、迫害、結局のところキリスト教徒に都合がいいように法が曲がってしまったのではないでしょうか??

本来死刑になるべきシャイロックは刑を免除される代わりにキリスト教徒に改宗させられるという場面があります。自分の信じてきた宗教を変えなければならないという辛い場面です。

本当にシャイロックは間違っていたのでしょうか??

喜劇とされているこの作品ですが、私は悲劇だとおもってしまいました。

 

今回も悩みに悩んで作ったのですが、ヴェネチアのある州でたった3ヶ月でしたがその地域で働いてた経験がとっても役にたったという事です。その頃の私は全くと言っていいほどイタリア語が話せずにいました。それに働いていたレストランのスタッフにも馴染めず、寮住まいだったのですが街に出るのにバスで1時間はかかるようなところに住んでいました。

やる事ないので休みの日も厨房にでる。作る。食べる。作っては食べて、教えてもらっては、自分で作ってと・・・・・・・正直飽きてましたし、『私何やってるんだろう??』感がすごかったです。でもこの生活で教わってきたのがヴェネト州の郷土料理だったんです。そのあと、フィレンツェに移ったのですが、食文化が違う!!だから今思えば、あの孤独だった生活も辛かった毎日も意味があったなと思える日がやっときたんだな。と思いました。

このように感じさせてくれる素敵な機会をくださったchisaさんには本当に感謝ですね(^^)あの時間がなかったら、きっとこのテーマでお料理できてなかったと思います。

お越し下さったみなさんも、そして抽選で残念ながらお目にかかれなかった方々もご興味を持ってくださりありがとうございました。

次回はまだ決まってませんが、細々と続けて行きたいと思っています。

ありがとうございました(^^)